コメント

伊集院静さん(原作者)

人はこの世に生まれた時から、別離をくり返してしまう運命にあるものです。

別離と書くと、悲しいもののように思えますが、悲しみ、哀しみは人が生きて行く上で逃がれようのないものです。

この物語は、もう二十年近く前に書いたものです。私はまだ若く、小説の中に自分の生きて来た軌跡(経験と言ってもいいでしょう)がどこかに影を落としていたように思えます。そんな中で、若い編集者と、次はどんな小説を書こうか、という機会がありました。その時、その若い編集者は、彼の大切な人を亡くし、ひどく落ち込んでいました。

「どうだろう?人と人の別離を書いてみたら?」すると彼は少し顔を曇らせました。
私は言いました。「別離がテーマなのだけど、最後は何かまぶしい光が見えるような、希望が見えたのではないか、というような小説はどうだろう?」
彼の顔がかがやきました。

(中略)

私は少年の頃、野球に出逢って、家へ帰ると勉強もそっちのけで、原っぱへ走り出す少年でした。そんな時、家にいた何匹かの犬のうち、私と仲の良かった犬が必ず野球をする原っぱについて来ました。  “シロ”と言う名前で、とても忠実と言うか、少年の私をずっと見守ってくれているようなところがありました。その“シロ”の思い出を小説の中に込められればと思いました。

さて物語の中で、もう一人の主人公であるフセ老人が最愛の息子さんを海難事故で亡くしています。実は、私も若い時に、たった一人の弟を海難事故で亡くしました。

(中略)

この物語を書いた時に、大切なことは、自分のもとから、誰かのもとからいなくなった人やペットは、その人が忘れないでいれば、ずっと生きているということです。

映画作品の試写を見て、ルーという犬がどこか“シロ”に似ているのに驚きました。サヤカちゃんのルーへ向ける目や、表情が何だか遠い日の自分を思い出しました。

こうして文章を書いてみると「駅までの道をおしえて」は、私にとって大切な作品のひとつだったのだとあらためて思いました。

「駅までって、どこの駅ですか?」と問われたことがあります。
それはあなたが出発し、帰る場所なのではとも思っています。